【対談】エンバーミングとグリーフケアの第一人者 橋爪謙一郎氏 × エンディング領域のDXを推進 白石和也氏
エンバーミングとグリーフケアの第一人者 株式会社ジーエスアイ代表橋爪謙一郎氏と
やさしいお葬式の運営会社でエンディング領域のDXを推進している ライフエンディングテクノロジーズ株式会社代表 白石和也氏が対談いたしました。
葬儀のアフターフォローから考えるグリーフケア(*)のあり方について語られています。
(*グリーフケア:家族や大切な人と死別した喪失の中で、不安定な状態となった方が、つらい心や体を癒すために、共に寄り添いながら援助すること。)
ー 超高齢化社会や核家族化といった社会背景の変化や、家族葬の増加など葬送の変化に伴って、グリーフケアにおいてはどのような変化がありましたか。
橋爪氏:
核家族化が進むまでは、宗教の場であるお寺が、地域のハブとしての役割を果たしていたように思います。また、これまでは長子が全てを相続するいう前提に基づいて社会の相続の仕組みもできていました。
ある時期から家の中での一人ひとりの役割が変わっていき、自分の困りごとや悩み、不安への向き合い方が分からなくなったように思います。
そういった背景が要因の一つとなり、葬儀社が葬儀後にグリーフケアまで行うことが必要になった、という流れに変わっていったのではないでしょうか。
今までは名前がついていなかっただけで、実際には以前からニーズは存在していたのだと思います。
ここ10〜20年間で葬儀やグリーフケアを取り巻く状況が変わってきましたね。
ー ライフエンディングテクノロジーズ社はエンディング領域の課題をテクノロジーで解決することを目指されています。
昔はお寺が担っていた地域のハブとしての役割が存在しない今、葬儀社がグリーフケアに取り入れられるテクノロジーはどのようなことでしょうか。
白石氏:
他社のサービスになりますが、家族信託のオンライン手続きが出来る仕組みはテクノロジーの一つですよね。
当社としては、今後オンラインエンディングノートの提供を検討しています。現在は、喪主さまやご遺族さまへの連絡ツールとしてSMSやメール送信機能の付いた葬儀管理システムを葬儀社向けに提供しています。現在もまだ残るFAX送信での発注業務など、葬儀社の方が工数をかけていたものをデジタル化することで、削減できる工数で喪主さまご遺族さまに多くの情報をお届けすることが可能になります。
当社は喪主さまご遺族さまが、簡単に有益な情報にアクセスできるような環境をテクノロジーで作っていきたいと思っています。
その環境ができれば、業界全体の「情報格差の解消」という課題解決の一助になるのではないでしょうか。
橋爪氏:
お寺が地域のハブ的役割を担っていた時代を経て、今その役割を果たさなくなってきましたよね。家族がバラバラに持っている情報を、家族間で共有されていないことが多くなったように思います。
故人に関わる情報について、長男しか知らないことがあったり、逆に次男しか知らないことなどがあったりなど、「情報の点在」が顕在化してきています。情報が点在するということは、家族同士が疎遠であったりと、気持ちが離れている場合が多いように見受けられます。その間に入り、個々人が持っている情報を上手く整理してまとめてあげることが、実はグリーフケアに大きく関わるのではないかと思います。
なぜなら多くの情報を持っている方は、故人との関係が深いことに比例して気持ちも深いものです。故人に投じてきた感情や思い、時間が多ければ多いほど、大切な方を失ったグリーフが深くなる傾向にあるからです。
同じ家族の中でも情報格差があります。情報が点在していると、家族同士で繋がることが難しいのだろうと思います。
なぜなら、相続で揉めるのは、同じ家族で個々人が持っている知識が違うからです。そこで間に入り、情報を整理しておくことで、相続争いも未然に防ぐことができると思います。
人間は忘れてしまう生き物なので、葬儀社がテクノロジーを活用し、情報を整理し蓄積してあげることが非常に重要だと考えます。
ー ご遺族は、慌ただしい中で葬送方法の選択や各種発注、行政手続きなど意思決定に迫られます。
グリーフケアの観点から、意思決定すべきベストなタイミングはありますでしょうか。
橋爪氏:
グリーフ状態を見極めてから、意思決定のタイミングを調整するのは実際には難しいですね。本来は心の準備ができた時に行えることが一番良いことなのですが、法律によって手続きの期日は決まっています。そこで必要なのは、「いかにご遺族が決定しやすくしてあげるか」ということだと思います。
逆の考え方をすると、一つひとつの事務整理が心の整理につながる要素も持っています。心の傷にならないようにサポートしながら、天国のお父様に「よくやった」と褒められるような、そして、自分自身で「しっかり役目を果たせた」という感覚を喪主さまに持ってもらうことが一番の優先事項だと思います。
そのために、意思決定のタイミングを選べないことを前提として、手続きの際のご遺族の負担を減らしてあげることが重要だと思います。
そのようにしてあげることは、思うほど難しいことではありません。
例えば、グリーフ状態のご遺族の特徴として、何度も同じ質問をされる傾向があります。その時にきちんと聞いて受け止めてあげることは、どなたでもできるグリーフケアではないでしょうか。
私の経験上、グリーフ状態では誰に何を話したかを明確に記憶されていない場合が多いです。
その時に「その話は以前にも聞きましたよ」ではなく、「断片的には聞いていましたが、そうだったのですね」と回答することで、ご遺族の気持ちは全く違うものになりますよね。
同じ内容の話であったとしても何度も聞いて、葬儀社が情報を精査してあげることが重要です。
同じ話のようでも、多少新しい情報を含んでいる場合がありますので、そこを拾ってあげてみてください。
キーワードとしては、まずはホッと安心できる存在になることを目指していただきたいです。人として当たり前のことをしてあげることがグリーフケアには最重要です。
ご遺族に頼ってもらえるような関係性を築くことを大切にしてください。
ー オンラインエンディングノートなど、意思決定のタイミングが見計らえないからこそ生前の情報整理が大事であるように思います。
ライフエンディングテクノロジーズ社としてどのようなことができるとお考えでしょうか。
白石氏:
一つの案として、行政が発行している「おくやみハンドブック」にあるコンテンツをオンラインで提供したいと考えています。ご逝去後にやるべきことをTODO管理もできるようにするると抜け漏れや手続き忘れも無くせますよね。
ご逝去後の手続きに関わるパートナー企業や士業の方を紹介できるプラットフォームを提供して、一気通貫で適切なサービスを適切な価格で提供することを目指しています。ご遺族や葬儀社がクリック一つでサービスの依頼ができることが重要です。手続きを可能な限り簡素化してご遺族の負担を減らしたいと思っています。
私の経験談になりますが、21歳の時に父と祖父を亡くしました。喪主だった母親はグリーフ状態で様々な手続きを行っていて、大変なところを間近で見ながら私も手伝っていました。どうしてこのタイミングで行わなければならないのだろう、と思いながらそばにいたことを覚えています。
また、私の父は経営者だったため、たまたま税理士の知り合いがいたことが幸運でしたが、一般の方は、士業の方を一から探すのもなかなか難しいのではないかと思います。
以前、私が遺品整理の会社を経営していた時の実際のお客様のお話です。葬儀社から遺品整理の会社を紹介してもらえなかったため、インターネットで遺品整理の会社を探し、何社か相見積もりを取った上で発注したが、価格設定が曖昧で高額請求がきてしまったという経験をされたお客様もいらっしゃっいました。
自分自身や事業での経験を踏まえて、適切なサービスを適切な価格で提供するプラットフォームがあれば、消費者にとって有益なのではないかと考えました。
橋爪氏:
「おくやみハンドブック」をオンラインで提供されるのは非常に良いサービスではないでしょうか。例えば「14日」と書いてあっても、葬儀社にとっては当たり前のことであっても、一般消費者にとってはいつから起算されるか分からないと思うのです。さらには、もし該当期日が日曜日であったとしたら、期日が前の土曜日なのか翌月曜日になるのかが分からないですよね。
それで「締め切りが過ぎたので、もう無効です」と言われても困ってしまう。
白石氏:
おっしゃる通りそのあたりも非常に重要です。お亡くなりになった日から自動で起算して、カレンダー形式で確認できるようにするのが良いのではないかと思っています。行政ごとに異なるルールを流し込んでシステムを構築すれば、それぞれの地域に沿った有益な情報提供になるはずです。
橋爪氏:
グリーフ状態の方は認知能力が著しく低下してしている場合が多く、そのシステムにリマインド機能があると非常に助かると思います。
特に期限が迫ったものですと、専門家を入れて協議した方が早い場合は、ワンクリックでその依頼もできると非常に楽になりますね。
白石氏:
将来的には、一つのプラットフォームに情報を入力することで、契約中の案件全ての解約手続きが行えるプラットフォームを提供できるようになると、さらにご遺族に有益なサービスになるのではと考えています。
法的な課題はありますが、当社が進めている「死亡診断書・埋火葬許可証のデジタル化」において、オンラインでの申請と交付が可能になると、ご遺族が時間を有効に使えるようになります。市役所に赴く必要が無くなるだけでなく、代行する葬儀社が何時間も市役所で待つ必要もなくなります。そこで創出できた時間を、ご遺族に寄り添うことに使っていただけるのが当社の理想です。ご遺族からヒアリングをしながら、心のケアにつなげていっていただければと思います。
まだまだ作業効率化や工数削減の余地があると、エンディング業界特有の課題を感じています。テクノロジーでそこの課題解決をすると、グリーフケアの充実にも繋がっていくと思います。
ー ご遺族は「いつなにをすればいいかわからない」という一番不安な状態で、グリーフ状態での認知機能の低下があるというお話がありました。
適切なサービスを適切な価格で提供するサービスがある場合、グリーフの観点からどのような解決ができそうか、過去の事例などあれば教えていただけますか。
橋爪氏:
グリーフが複雑にならないためにすることの一つとして、「他人に助けてもらえるところは助けてもらうこと」が大事だとされています。
他人にお願いした方が良いことを明確に提示されると、ご遺族は非常に楽になると思います。
私たちの脳のキャパシティは決まっていると思っていて、グリーフ状態では人によっては半分以下になるとも言われています。
そこにやらなければならない事務作業を処理すると、「心」や「感情」の部分に向ける余力がなくなってしまいます。
私が葬儀の時に気に掛けなければならないと思う心配な方は、どちらかと言うと、感情を露にして泣きじゃくる方よりも、しっかりと冷静に喪主を勤め上げる方だと思います。なぜなら感情を表に出せていないからです。
適切なサービスを適切な価格で提供するサービスがあれば、手続きや事務的なことを考える必要がなく、まずは泣く余裕ができます。自分の感情や思いを外に出すことができるようになることがグリーフケアにとって大きい意味があります。
他人に胸の内を話すことができない方が、話せるようになるのは大きなことです。
「困ったことがあれば言ってください」と声かけをしてもご遺族はなかなか言い出せないものです。「これをお手伝いできますが、必要ですか?」という具体的な聞き方をすれば、より寄り添ってあげられるのではないでしょうか。
この人になら話してもいいと、ご遺族に思われる人になることが大切です。
テクノロジーだけではなく、そこに関わる人が何より大切です。
ー 葬儀社はどのようにグリーフケアをすればよいとお考えでしょうか。
また、社会にとって、葬儀社がどのような役割を果たすようになると思われますか。
橋爪氏:
葬儀は宗教的な儀式という意味もありますし、その意味合いがなくなることはないと思います。
宗教的な儀式としての「四十九日法要」は、丁寧に行うとすれば、7日ごとに実施するという方法もあります。そうすると7日おきに人と会うことが、グリーフケアに繋がるという考え方もできると思います。
時代の変化もあり、加えて新型コロナウイルスの流行もあって、繰り返し人が集合することを控えるようになりました。そのような今の時代、儀式が簡素化・簡略化したことによって、葬儀社の果たす役割は広がったと思いますし、専門性が増してきたと思います。
サービスそのものは自社で行うか外部のパートナーと連携するかなど、やり方は様々であるにせよ、これからの葬儀社は、グリーフ状態のご遺族とご遺族が必要な方と繋げるコンシェルジュ的なポジションになるのではないかと思います。
グリーフ状態のご遺族に対する寄り添い方が、信頼に繋がっていくものだと思います。
葬儀社の方が持つグリーフケアの知識とスキルが、ご遺族からの信頼を得る重要なツールとなることでしょう。
グリーフケア=心のケアまでしなければならないと、一気に風呂敷を広げるのではなく、葬儀を通じて、信頼してもらうことが大切です。心を癒すとか表面的なことではなく、信頼してもらうことで満足感を得ていただき、結果的にそれが売り上げにもつながることを経営者が意識すると良いのではないでしょうか。
ー 葬儀社が単なる儀式屋だけではなくなってきた今、オンラインエンディングノートや行政手続きのデジタル化などエンディング領域のDXについての期待感を教えてください。
白石氏:
エンディング領域の情報格差を減らすことができると思っています。例えばオンラインエンディングノートを活用した場合、生前に登録した故人の希望に沿った式でお見送りすることも、グリーフケアの一つになるのではないかと思います。
エンディング業界の今後としては、橋爪先生のお話にあったように、葬儀社が「コンシェルジュ」としてのポジションを確立することが必要です。
今までは施工だけで精一杯でした。受注〜葬儀〜お見送りまで伴走する、先発完投してぐったり疲れ果てる野球選手のような動き方をしていました。
人が行う必要の無い手続き部分はオンライン化し、可能な限り時間を創出し、葬儀社の専門性や、できる課題解決の守備範囲を広げるための学習や教育の時間、ご遺族に接する時間を長くすることが今後のエンディング業界に重要だと考えています。
オンライン申請、埋火葬許可証のデジタル化、顧客管理、火葬場予約の構想が全て一つのプラットフォームで実現すると、多くの課題解決が出来るという期待を持っています。
橋爪氏:
仕事上、ご遺族が伝えたい情報と士業の方が求めている情報が合っていない場面に遭遇することが多くあります。オンライン上で全ての情報がまとまっていると、解決することができるようになりますね。
そうなると、ご遺族には情熱を注ぎたい時間や悲しむ時間に集中させてあげたい。ビジネスだけでなくご遺族にも「選択と集中」が大切だと思います。
ご遺族の「やりたいこと」以外は、葬儀社に任せてください!と言えるのが理想ですね。
白石氏:
それが葬儀社やエンディング領域の企業が、今後目指す形だと思っています。
■プロフィール
・橋爪謙一郎氏
株式会社ジーエスアイ 代表取締役
https://www.griefsupport.co.jp/
1967年、北海道千歳市生まれ。
成城大学法学部卒業。ぴあ株式会社に就職後、1994年に渡米。
ピッツバーグ葬儀科学大学にて葬祭科学を専攻し、フューネラルディレクター全米国家試験に合格。その後、ジョン F .ケネディ大学大学院でホリスティック心理学を専攻し、1998年ホリスティックヘルス教育学修士課程を修了。さらに、米国の葬儀社にて実務を体験しながら、米国グリーフケアの第一人者であるアラン・D・ウォルフェルト博士(Alan D. Wolfelt, Ph.D)の主催するCenter For Lossにて、グリーフケアを学び、葬儀後の遺族向けサポートグループを担当するなど、カウンセリングを始めとする遺族支援の基礎を習得。
2003年4月より、IFSA(現・一般社団法人日本遺体衛生保全協会)スーパーバイザーとして東京・大阪のエンバーマー育成教育機関の立ち上げに参画し、講師としてもエンバーマー育成に従事する。
2004年有限会社ジーエスアイ(現、株式会社)を設立。
2012年には、遺族支援のプロフェッショナルとして、株式会社ジーエスアイが認定する資格「グリーフサポートバディ」を創設。葬祭業界に働く人、看護師、宗教者など多様な分野の人材がこの資格を取得し、毎年、遺族サポートを担う人材が輩出され活躍している。アメリカでの実務経験と知識を持つ、 日本のエンバーミング、グリーフサポート普及の第一人者。
・白石和也氏
ライフエンディングテクノロジーズ株式会社 代表取締役
https://le-tech.jp/
1985年、愛媛県松山市生まれ。
2014年リベラルマーケティング(株)を創業し、遺品整理・骨董品買取のオンライン集客で日本最大級のサイトを運営。2020年東証一部上場の(株)Link-Uに売却。
2016年ドローンパイロット派遣会社を立ち上げ、大手インフラ企業のDXソリューションの開発などに従事、2018年同社をエアモビリティ開発企業へ売却。
2019年9月当社を創業。
自身が21歳の時、父と祖父が他界。手探りの状態で喪主を務める母を支えたい気持ちはありながらも、忙しなく準備を進める葬儀屋に率直な質問や相談をぶつけられず後悔が残る。
その時、すべてがFAX手配というアナログ手段が主流であることに疑問を持ったことをきっかけに、葬儀業界に精通するメンバーを集める。多忙で煩雑な葬儀社の業務効率化と業界のDX化を推進することで、ご遺族に寄り添うことを最優先にできるエンディング業界への改革を目指している。