基本情報
- お坊さん(僧侶)沿革
- 当寺は、元和4年(1618)日蓮宗日達上人により開基され、元は麻布山大乗寺(院号不明)と称した日蓮宗の寺院で、港区芝三田小山町にありました。
元禄11年11月輪王寺宮公辨法親王御預けとなり、宗を天台宗に改め、隋道(武州安養寺第二世等順の資)が中興の祖となりました。
天保5年1月輪王寺門主より現在の参等山永隆寺の山号寺号を、翌2月に妙達院の院号を賜り、新たに開山されました。
日蓮宗の時代には、寛永18年織田信良五女(臼杵城主稲葉信通夫人)、延宝7年戸川安風(庭瀬藩二万石)、元禄3年稲葉たつ(織田信久夫人)を葬りましたが、天台宗への改宗により、織田氏・稲葉氏の墓所は他へ移されました。
又、当寺は元々旧但州出石藩仙石家の菩提寺であり、仙石の城主仙石元子爵家、大関元子爵家、花房元男爵家、旗本戸川家及びそれ等の家臣の菩提所として維持されていました。
明治維新後、当地に移るに到りました。移転に伴い仙石家の墓は但馬国に移された為、現在では、仙石騒動の中心人物であった神谷転の墓と、出石藩士の経済学者乗竹孝太郎の墓標が残るのみとなりました。
又、江戸時代の画家狩野探幽と当時の住職が親交があったらしく、瓢形の狩野探幽の墓碑がありましたが、狩野家菩提寺になる池上本門寺境内の南之院に移されました。 - 開門時間
- 9:00-17:00
- 所在地
- 東京都目黒区中目黒5-7-21
- 地図
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- アクセス
- 祐天寺駅より徒歩15分
- 施設情報
- 永隆寺(えいりゅうじ)は、東京都目黒区にある天台宗の寺院である。
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