基本情報
- お坊さん(僧侶)沿革
- 元弘元年(1331年)、安北郡勝木村行森(現 広島市安佐北区)にある菅澤山の麓にて創建された。もとは実相山法泉寺という真言宗の寺だったが、文明年間(1469年から1486年)に円佐という住侶が蓮如に帰依し、浄土真宗に帰入した。その後寺号を「報専坊」と改めた。元禄6年(1693年)、9代宗淳の時に現在の寺地に移った。
江戸時代中期には、芸轍(安芸学派)の祖とされる慧雲が住職となる。自坊に私塾・甘露社を設け、大瀛(三業惑乱時の論客)や僧叡(石泉学派の祖)ら多くの学僧を育てた。慧雲は神祗不拝を徹底するため門徒に神棚を撤廃させ「神棚おろしの報専坊」との異名をとった一方で、法事と食事を兼ねた僧侶と門徒の懇親会である「お寄り講」を集落単位に推進し、安芸門徒の結束をはかった。
本堂は1787年(天明7年)建立の大伽藍であったが、1945年(昭和20年)8月6日の原子爆弾投下で全壊した。現在の本堂は、1993年(平成5年)に再建された。その際、イチョウの木を切るのもやむを得ないとの声も挙あがったが、住職らの願いにより保存されることになった。そのため本堂の階段は、イチョウの樹を包み込むような構造となっている。 - 住職
- 冨樫仰雲
- 開門時間
- 9:00-17:00
- 所在地
- 広島県広島市中区寺町3-3
- 地図
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- 駐車場
- 数台あり
- 施設情報
- 報専坊(ほうせんぼう)は、広島県広島市中区寺町にある浄土真宗本願寺派の仏教寺院。江戸中期に慧雲が出て、学僧を育てた。原子爆弾で全壊。境内には被曝したイチョウの樹が残る。
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