基本情報
- お坊さん(僧侶)沿革
- 直方御館山おたてやま城主・黒田伊勢守長清公は本藩福岡藩の分家として直方城へ入城。 観世音菩薩の尊像を城内に安置し、日頃から信仰が厚かった。 後年直方から福岡本藩へ引き移りの際に町民一同が尊像をそのまま安置くださるよう請願したのに対し、長清公は町民の至情を嘉せられ、祈願所として祭祀した。 元禄5年(1692)祈願所の拝殿を丸山の地に移し、祭典費とし田畑を添えた。以上の旨が『直方風土記』に録されている。これが当寺の始まりである。
なお、当寺の古記録・重要書類は、天保13年(1842)堂宇炎上の際、焼失している。 また、元禄以降、明治初年の間には中興者もあるようだが、調査未達で判明していない。
斯かる由緒ある堂宇も、明治初期の頃には久しく無住の状態で、堂宇は荒れ、田畑の如きは殆ど不分明となり、境内地は一時官地に没収される状況になるも、初代中興開山日如上人が明治18年(1885)に入堂し、有志総代諸氏と協力し、明治33年(1900)堂宇新築の浄願を達成した。現第6世。
本尊の観世音菩薩像は、九大教授の鑑定や由緒沿革により、古い観音像であることは間違いない。 平安時代前期、又は藤原時代後期の作であるならば、1000年から1200年ほど経ていることになる。この本尊は、御開帳が、古くから60年に一度である。 - 住職
- 大塚恵信
- 開門時間
- 9:00-17:00
- 所在地
- 福岡県直方市丸山町2-47
- 地図
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- アクセス
- JR直方駅から車で約3分
- 駐車場
- あり
- 施設情報
- 観音寺は、福岡県直方市にある日蓮宗一致派の寺院である。
山号は施無畏山、本尊は大曼荼羅本尊並び聖観音菩薩立像。開山は圓壽院日如上人、開基は黒田伊勢守長清である。
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